2007/09/10

釘宮病 - アンサイクロペディア

釘宮病患者は釘宮病であることをむしろ誇りに思っているのさ。ツンデレロリひんぬー好きの何が悪い。

全然関係ないけど、uncyclopediaを見てると文中リンクを辿って他の項目も読んでしまい、気がつくと数時間経過してる、なんてことが往々にしてあるので困る。

メインマシンのハードディスクをやたらと使ってると思ったら

samba経由で削除したファイルをいったん.recycleへ移動するように設定を書いていたので、そこに大量のファイルが削除されずに残ってた。

ファミ通文庫◆FB Online◆ “文学少女”の今日のおやつ 番外・ななせの恋日記

琴吹さんが可愛すぎて狂い死にしそうなのですが、テキストを画像データで公開していると拡大出来ないししても文字が潰れるし読みにくいことこの上ないのです。

なんか

ここ数日MIDI関連の話をよく目にするので、つい語ってしまった。

とりとめのないはなし

二次創作でのMIDIのはなし、っぽい何か。

16色全盛の時代に256絵を公開して、意図どおりに閲覧するにはハイレゾボードとかグラフィックアクセラレータとかなんとかが必要ですよ、みたいな時代があったかもしれない。

PCのグラフィック性能は比較的早期にフルカラーが標準実装されたので、そういった意識をした人は少ないだろうと思う。特にインターネットが当たり前になった95年頃*1のマシンスペックを思い起こすと、フルカラーはまだしも256カラーは当たり前で、グラフィック方面で、インターネットにおける二次創作を楽しむ際にはPC以外になんの準備もいらなかったんじゃなかろうか。

テキスト関連は、もっと敷居は低くて、最悪テキストブラウザでだって楽しめたはず。

んじゃ、DTMはどうだったんだろう、って考えると、そりゃあパソ通時代はきっとFMPとかMUAPなんかで製作したデータのソースやバイナリを配信して、最低限PC98の26kボードさえあれば楽しめた、のかもしれない。MIDIはMT32とか良くてGMとか、そんな頃だし。けど、すでにPC市場がPC98から脱却してDOS/V互換機が幅をきかせ始めていたインターネット時代、DTMの主流はGSやXGといったMIDI規格にシフトしていたし、そのインターネット上でDTMの創作物を堪能するには、そういった高価なDTM音源が必要不可欠だった。

んー。PC98でWindows95を使っていたりなんかすると、MIDIマッパーに内蔵FM音源を割り当てて無理矢理MIDI音源として利用してたりもしたけど。

とにかく、あのころは通信速度は遅かったしレンタルサーバで利用できるユーザディレクトリの容量も小さかったからmp3*2みたいなオーディオファイルを大量に配信するなんてできなかった。だからこそ、余計にSC88Proみたいな音源が隆盛を極めたんだと思う。

聴き専で音源を購入する人もいるにはいたけど、DTMの創作を楽しむ人のほとんどは、DTMで創作する人でもあったんだと思う。創作の受け手のほとんどが、創作の作り手でもあったって分野は、二次創作というカテゴリの中でも特異だったんじゃないかなぁ。

その後、DirectXにGS Wavetableが同梱されたりS-YXG50が安価に販売*3されたりして、手軽にソフトシンセが利用できるようになったものの、一般的なDTMユーザの多くはそれらに見向きもせず88ProやXG規格でデータ製作をしていたし、推奨音源としてこれらソフトシンセを挙げることは稀れだった*4。こんな感じで、サーバ容量や転送速度の問題が改善されてシーケンスデータが圧縮オーディオデータに取って代わるまで、二次創作分野でのDTMは、制作者同士での見せ合いという印象が強く、他のイラストやテキスト系に比べると、こじんまりと身内の中だけで楽しんでいるという雰囲気でした。

もっとも、mp3が主流になってもすぐにjasracの問題が浮上したので、結果としてDTM界隈は日の目を見ることはなかったような、そんな印象が拭えません。

……一次創作、オリジナルの分野だとまた違ってくるんだろうけど。




*1 たうぶんそのへんの時代だったと。
*2 そもそもmp3くらいの品質の圧縮技術なんてなかったよね。
*3 その後、無料配布された。
*4 ほーむぺーじのBGM用途としてのMIDIデータ、みたいなものならあったかもしれないけど。
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Last-modified: 2013-03-06 (水) 15:13:14 (2391d)